何故山に登るのか?その答えを真剣に考えてみた

「何故山に登るのか」
という有名な質問があります。

「そこに山があるからさ」
という深い回答とセットになっていますが、実際にこれを言える程山の経験も無いし、そこまでスマートな回答は僕にはできません。

なので、自分自身山に登る意義の再確認を兼ねて、この質問に僕らしく答えてみようと思います。

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神を感じる

街に無くて山にあるものと言えば、「危険」という単語が真っ先に浮かびます。
野生生物、滑落、落石、遭難など、数え出したら枚挙にいとまがありません。
僕が山に感じる魅力のひとつとして、そういった危険性と向き合えるという点があります。

別に死にたい訳ではありませんが、危険に身を晒して初めて感じることのできるものがあります。

そして日本は神道の国です。
神道では、川や山、自然現象こそが神です。
神道は八百万の神という、世界的にも珍しい考え方があります。
一粒の米には7人の神様がいると言われていて、茶碗一杯に神様がひしめき合っているのは日本だけだと思われます。

僕にとって、その信仰を強く感じられるのが山です。

木漏れ日や吹き抜ける風、流れる水の音や木々のざわめきに、どこか神聖なものを感じます。

そして命の危険を感じると、そういった森羅万象に感謝したくなります。

「そこに神がいるからさ」

…なんか気取ってて僕らしくないですね。
却下。

山ガール

最近は山ガールが爆発的に増えています。
登山ウェアが年々ファッショナブルになってとっつきやすくなってますし、自然の中で過ごす機会も減っているので、運動とリフレッシュがてら山に登る女性も多いようです。

「そこに女子がいるからさ」

だいぶ僕らしくなってきましたが、なんかマイナスイメージつきそうなんで却下。

人が多い

僕は千葉ネズミーランドや配給会社ごちゃまぜスタジオジャパンなど、人の多い所が苦手です。
そういう所に長時間いると気持ち悪くなって吐きそうになることも。

それに比べて山は静かで落ち着きます。

「街に人がいるからさ」

でも最近は登山道が渋滞する程ハイカーがいるので、これも違う気がします。
却下。

何も無い

街には何でもあります。
ボタン1つで飲み物が買え、座っていても食べ物が出てくるし、快適な部屋でゆっくり寝るのが当たり前になっています。

しかし山はそういった生活とは無縁です。
山の中には店も無ければトイレも無い。何をするにも努力と工夫が必要です。

そういった環境では自分の無力さを感じます。
だからこそ、なんとかしようという前向きな気持ちを持つことができるし、生きるも死ぬも自分の力次第です。

文明とかけ離れた場所だからこそ、本来の自分でいられる気がします。

「そこに何も無いからさ」

これですね。
僕が山に登る理由は。

全身全霊で自分自身と向き合える場所があるというのは、とても素敵なことだと思います。

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